悲しいことに、ここ数年の間に虐待のニュースがどれだけ増えたでしょうか
そのたびに虐待した親の言い訳は
「しつけのためだった」
と、まるで決まり文句のようです。
本当に「しつけ」の為に
子どもを叩く必要があるのでしょうか?
私が子どもの頃は
親はもちろん、学校の先生も
しつけのためなら手をあげるのは当然
という考え方が一般的でした。
実際、私もそういう中で育ちましたが、
私自身はしつけや教育に体罰は必要ないと
考えています。
なぜなら、どんなに素晴らしいことを
教えようとしていたとしても
体罰をした時点で「しつけ」ではなく
親の感情の問題だと思うからです。
以前、前夫が幼かった上の子どもたちを叩くので
「なぜ、子どもたちを叩くの?」と問いただしたら
「子どもなんて、ぶたなきゃわからない!」
でした。
子どもが、叩かれることで理解するのは
「この人の言いなりにならないと痛い思いをする。この人は怖い」
と、いうことです。
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愛情があれば叩いても良いという意見もあります。
そういう意見を否定するつもりはありません。
叩かれても愛情を感じられる方もいるのでしょう。
私は自分の子どもの頃の経験から、
叩かれると自分の意志がフリーズし、
相手の意向にそうことばかり考えて
行動してしまうようになるのです。
これは精神的な抑圧によっても起こります。
親の思い通りに行動させるのが
『しつけ』ではないはずです。
最近はひらがなで『しつけ』と
表記することが多いですが
漢字で書くと『躾』です。
「美しい身体」とは
「人として美しい在り方」を
表しているのではないでしょうか?
私自身は今も「人として美しい在り方」を探し
学んでいるところです。
何を「美しい」と感じるのか?
子どものその感覚を育んでいけたらと
思っています。